月夜見

    “寒中お見舞い申し上げます”

           *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 
このお話の舞台になっているグランド・ジパングは、
1年を通じて四つの季節が巡るため、
それぞれの季節折々、
独特な情緒を堪能出来るところが、
これまた風情があっていいのではあるけれど。

 「そんでもこうまで寒い冬ってのは、久々じゃあなかったかな。」

自分で自分の二の腕引っ掴み、ううう〜〜っと身震いをしつつ、
これも寒さのせいだろか、あんまり人通りのない大路を、
恨めしそうなお顔で歩いているのは誰あろう、
このご城下でも指折りの美味いもの処、
一膳飯屋の“かざぐるま”の、名物板前のサンジ兄さんだったりし。
先の年末年始は、
何かと忙しいからご飯の支度も間に合わぬというお家からの仕出し弁当の注文やら、
新年の祝い膳にというおせちや、
お使いもののお供に引っ張りだこな、品のいい上生菓子などなどへと、
注文が殺到しまくりのお陰様、
新しい年への境目が判らなかったほどに忙しかったが。
それらもそろそろ、
随分と昔の話になってしまいそうなほどに日が過ぎており。
七草粥が先週で、昨日は小正月の小豆がゆ。
正月飾りを燃やした“どんど焼き”の焚き火で焼いた小餅を入れた、
かざぐるま特製のを振る舞うのが恒例なのだが、
それもあらかた片付いてしまえば、今度は節分を見越しての支度があって…と。
安泰安寧な土地柄なのは結構なれど、
だからこそのこと、
様々な行事につきものの、美味の色々を供する側は、
一年中大忙しなのが困りものだねぇと。
それでもにやりと微笑っておいでな余裕の板前さんであり。

 「……お。よお、サンジじゃねぇか。」

ご贔屓のお屋敷へ、お茶会用の生菓子を届けに出たその帰り道。
空箱は後日に取りにゆくのでとの、手ぶらでの帰り道だったのへ、
気さくなお声をかけて来たのは誰あらん。
そちらもやはり、このご城下では知らぬ者のない名物男。
赤い格子柄の綿入れ袷
(あわせ)を羽織った小さな背中に、
目印がわりの麦ワラ帽子を提げている、
まとまりの悪い黒髪にドングリ眸の童顔も相変わらずな。
ちょんもり小柄な十手持ちの、

 「麦わらの親分さんじゃあないか。」

夏場の単衣に比べれば、綿も入っている着物とはいえ、
足元は相変わらずに、その着物の裾を帯へ挟み込んでの尻っぱしょり、
紺の股引
(ももひき)に包まれているとはいえ、
足元をさらしている姿は結構寒そうでしょうがない…はずが、

 「…何だか あんまり寒そうには見えねぇのだが。俺の気のせいか?」

どちらかといや暑いのが苦手で、
寒いのは駆け回って暖を取るからへーきだと言ってた、
根っからの北風小僧の親分ではあるのだが。
今は、サンジと向かい合ってのじっとしておいでだってのに、
やっぱり平気の平左というにっこにこなお顔をしてなさる。

 「何でそんな言い回しすんだ?」
 「ああこれは、平気の平左衛門って冗談クチが短くなったもんだそうだぞ。」

寒いのが平気な人を差しての“北風小僧”てな呼びようみたいなもんで、
それもまた一種の擬人化ですな。
まま、それはさておき。
(笑)

 「うん。今はそんなに寒くはねぇぞ。」

どーだ参ったかと胸を張る親分は、確かに強がってる風でもなさそうであり。
すべらかな頬の赤みも、からっ風のせいというより暖かいからこそのそれと見えて。

 「…どっかで甘酒でも引っかけて来たのか?」

ほとんど酒精なんてないに等しいそれであれ、
幼い子供のように酔っ払うほど下戸の親分なので。
どこぞかの神社で振る舞われ、
酔いが回っての赤いのかとも思ったが、

 「馬鹿にすんねい、こちとらお勤めの最中だぞ?」
 「だよなぁ。」

呂律もお顔もしっかりしている以上、
それは無さそうというのはお返事を待つまでもなく。
じゃあ一体どうしてだろかと、
こちらは寒さを思い出し、ぶるると肩を震わせたサンジへ、

 「ほら、これのせいだ。」

自分の懐ろへ、まだまだ子供の造作が色濃く残る手を突っ込むと、
もそもそごそごそした上で、ひょいと出しての差し出したのは、

 「…お手玉? あ、いや…こりゃあカイロか?」
 「そーだっ。」

それも、ウソップが発明した長持ちカイロだと、
自分の手柄のように低いお鼻をそびやかす彼であり、

 「何とかってゆう特別な鉄の砂が、中の和紙の袋に入ってて、
  それが何とかっていう“はんのー”をして、半日以上も暖かいんだと。」

何でだか火種を使わねぇから、焼けたり燃えたりもしねぇ安全せっけーだし、
小さくて軽いから荷物にもなんねぇしと。
理屈の判らぬものを、でもでも便利だからと怪しみもしないで使ってるお気楽さは、

 “…まあそういうところはこの親分に限ったことじゃあないか。”

藩主のネフェルタリ・コブラ様が治政の、あまりに安寧なせいだろう。
この藩の人々は、
ご城下のみならず、周辺の農地や山野に住まう者たちまでもが皆。
どこかお人よしというか、疑うことを知らぬというか、
ま・いっかで済ますことの多い楽天家ぞろい。
山野地方に至っては、恐らくは大雪に閉ざされてもいようほど、
こうまでの厳寒が訪れた冬であれ。
藩主様のお声掛かりで“それっ”とばかり、
炊き出しや薪の配給がすぐさま執行されるほど、手厚い庇護が当たり前。
農地への雪かき作業の方も
“随分な手間賃がつくぞ”との触れ込みで、
昨年末からたいそうな頭数の日雇いの人夫が集められており。
そのお陰様か、今時分の冬野菜たちが、
何の滞りもないままご城下の市場へ並んでいるほどでもあって。
しかもしかも、

 『うん。その不思議なカイロは、
  診療所が発明家のウソップへ頼んで作ってもらったんだな。』

長屋の裏店に住まう、物知りなご隠居さんや、
診療所の助っ人である、そちらも物知りのブルックが協力し。
年寄りや病人が寝たまま使っても安全な、
暖房の知恵を形にしたものだそうで。

 「とはいえ、いきなり病人へ使って何かあっても困るんでってことで。」
 「何だ、実験に使われてんのかい、親分は。」

そーだ…っと、やっぱり嬉しそうに胸を張るようでは、
皮肉も通じない模様。

 「それはサンジにやる。3つも持たされてて暑いくらいだったから。」
 「そっか、それはありがたい♪」

古い布団の側生地ででも縫ったのか、
木綿地の大きめのお守り袋のような代物は、だが。
成程、寒風の中へと取り出されても、
人肌以上の暖かさを芯へとくるみ込んでいるのが判るほどであり。

 「腹とかみぞおちに当てとくと、全身が温ったまるからな。」

にっぱり微笑ったルフィ自身の笑顔がこれまた、
見たものの胸元じんわりと暖めてくれるお天道様のようであり。
ありがとよと こちらも笑顔でお返事したものの、

 “…あ、と。待てよ?”

あの親分さんから、その残り香もふんだんに染みついたこんなブツを頂いて。
どこぞかから覗き見守る雲水姿の誰かさんから、闇討ちに遭わにゃあいいのだがと。
そんなことへ素早く想いが至るところは、
さすがさすがの色事師さんだが。(っ、誰がだっ!)

 『ああ、ゾロにも同じの渡してあんぞ?』

サンジと顔合わせる少し前かな?
坊さんてばもっと寒そうなカッコしてやがったし、
あのその…えっと、それでだな…。///////
何とか無難な理由を捻り出そうとする様子を、
あの野暮天はどんなだけ鼻の下を延ばして眺めてやがったんだろうかと。
ついついむっかりしつつサンジが聞かされたのは、
その日の宵の晩ご飯の時間帯。

  そしてそして、

 “………ちょっと待て。”

同じのを3つも持たされてると言ってた親分だったということは、
自分と彼とがお揃いなだけじゃあなくの、
あの雲水さんともお揃いなのかも知れないと。
そこまでを気がついた頃にはもう、
有効期限の2日が過ぎ去り、
ひんやり堅い、ただの袋と化してた“不思議カイロ”だったそうでございます。




   〜Fine〜  11.01.17.


  *何のこっちゃなお話ですいません。
   相変わらずに、無自覚な小悪魔というか。
   本人には悪気なしなまま、
   思わせ振りにていい男を振り回しまくりの、
   困った親分さんなまま、今年も突っ走りそうな気配です。

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